口腔ケアの実際

口腔ケアの実際

医療法人和光会 歯学博士 諸井英二
元気なお口研究会まほろば 

  1. 脳卒中とは
  2. 脳卒中による運動麻痺
  3. 高次脳機能障害
  4. 脳血管性痴呆
  5. ディコンディションと廃用症候群

  1. 顎
  2. 口唇および頬
  3. 舌
  4. 軟口蓋

  1. 口腔ケアの定義
  2. 口腔ケアの実際

 ☆口腔ケアメニュー

参考文献
歯界展望   Vol. 102 No.1 2003-7
歯界展望    Extra Issue 2003
日本医師会  雑誌  Vol. 110 No.5

口から食べることの支援

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食べることは、生きるための栄養・エネルギー摂取を目的とするとともに、高齢者にとってはこのうえのない楽しみです。うまく食べられなくなったとき、これまでも医療、福祉、介護等、色んな分野の人達が様々な取り組みをしてきました。しかし、各専門職者は個別的な役割・業務の実施に終始せざるを得ませんでした。なぜならば、各専門分野が閉鎖的且つ縦割りであったからです。サービスを提供する側の主体が重んじられるあまり、自らの持つサービスを提供しさえすれば事足れりとなっていたのかもしれません。

近年、高齢者のQOL の維持向上、利用者を主体としたサービスの提供が重視されるようになってきました。その現場での実践から、多職種が共通の理念を持って、知識・技術の共有、情報交換の下、各組織に属しながら横断的に連携・協働してサービスを提供したとき、大きな成果が得られるということが解ってきました。
食べるという現場でも、この多職種によるチームアプローチという視点を重視した、「よりよく生きるため」に必要な「口から食べること」の支援を多職種協働で行うことが認識・実践されはじめています。

歯医者のつぶやき

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「口から食べること」の支援は介護の現場から始まったと聞かされています。病院から施設へ戻った時、多くのお年寄りが口からものを食べられなくなっている。そんな高齢者に何とか口から食べてもらいたいという介護現場の方々、そして現場を取り巻く多職種のみなさんの熱意と取り組みが「口から食べること」の支援のネットワークを作り、摂食嚥下学会にまで発展したのでしょう。

このネットワークの中で歯科関係者は新参者です。これまで、私達の頭の中には健康な患者さんの歯の治療や義歯の作成といった器質的アプローチしかありませんでした。しかし、現場を知るにつれて、口腔ケアや摂食・嚥下リハビリテーションを通じて要介護高齢者の肺炎予防や機能的アプローチにおいてお役に立てる場面が多くあることが解ってきました。今後、多職種の皆さんが作りだした「口から食べること」の支援の輪に加えていただき、要介護高齢者のQOLの維持向上のために役立ちたいと思います。

摂食・嚥下のしくみ

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摂食・嚥下とは食物を認識してから口に取り込み、咽頭、食道を経て胃に達するまでの全ての過程をいいます。
この過程は5期に区分して理解する方法が多く用いられる。

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摂食嚥下障害に対するリハビリテーションによる機能障害レベルの改善は、準備期障害、口腔期障害に多く、先行期障害、咽頭期障害の改善は少ない。摂食嚥下障害の大半は口腔相の問題であるとされているゆえんである。

脳卒中(脳血管障害)による障害の基礎知識

1.脳卒中とは

1. 脳血管の破綻によるもの(脳出血)
2. 脳血管の閉塞や狭窄による組織壊死によるもの(脳梗塞)

2.脳卒中による運動麻痺

画像 画像1. 球麻痺(延髄病変)
 嚥下反射の中枢は延髄にあり、ここにおける病変は誤嚥を伴った咽頭期障害をもたらす。
2. 仮性球麻痺(両側性大脳病変)
 多発性脳梗塞による口腔・咽頭支配神経の両側性障害による。球麻痺と同様の症状を示すが延髄障害がないので嚥下反射は残存する 。
3. 片麻痺(一側性大脳病変)
 左右一方の大脳に病変が生じると椎体交差により病変の反体側に麻痺が生じ、咀嚼期(準備期)障害が顕著になる。脳卒中の7割を占める。

3.高次脳機能障害

画像 画像思考、判断、知性、記憶、感情等、人間らしさを象徴する高次脳機能の中枢は前頭葉連合野にあり、この部の障害は失認、失行、失語をもたらす。
1. 失認
意識障害・知覚障害・痴呆がないにもかかわらず、事象認識能力を欠いている状態が感覚ごとに独立して生じる。
視覚失認、視空間失認、半側身体失認、聴覚失認、感覚失認がある。半側空間失認が左方麻痺患者に多い。
2. 失行
成すべき運動行為が何であるか理解していながら目的に沿った運動ができない状態をいう。観念運動失行、観念失行、構成失行、着衣失行、頬顔面失行、嚥下失行等がある。
3. 失語
左脳言語中枢の障害により聴く、話す、読む、書くという言語機能が障害された状態をいう。
運動性失語(ブローカー失語)では人の話は理解できても発語できず、逆に感覚性失語(ウェルニッケ失語)では発話可能にもかかわらず言葉使いに錯誤が生じる。

4.脳血管性認知症

1. 脳卒中後に進行する脳血管性認知症は、まだら認知症とも呼ばれ、記憶障害は部分的であり、運動障害、言語障害を伴うことが多い。
2. 脳の萎縮と脳細胞変性によるアルツハイマー型痴呆は物忘れや妄想を初期症状として進行するが、運動障害等機能的障害は伴わない。
3. 認知症は遠隔記憶残留と見当識障害にみられるような記憶障害と、知的能力低下を中核症状とする。これにより多くの随伴症状が現出されるが、これら症状は本人にとって決して意味のないものではない。

5.ディコンディションと廃用症候群

1. 身体を動かさないことによって引き起こされる、筋力、持久力、健康状態、筋群の強調運動能力の低下の状態をディコンディショニングといい、これによってもたらされる諸症候を廃用症候群と呼ぶ。
2. 全身的なリハビリテーションとともに口唇、頬、舌、顎の運動や発声、構音訓練の継続実施により、摂食・嚥下関連器官の廃用症候群惹起を防止する。
3. 摂食・嚥下基礎訓練として、嚥下体操、口唇や舌、下顎のROM訓練、咽頭の各種ROM訓練、頸部ROM訓練、胸郭ROM訓練が用いられる。(間接可動域訓練)

脳卒中(脳血管障害)障害の器官における臨床症状

1.下顎

三叉神経に運動麻痺を生じると開口時麻痺側に偏位し、機能障害時には、下顎は麻痺側に偏位し、咬合時に偏心位咬合する。

2.口唇および頬

画像1. 顔面神経麻痺により、口唇、頬は非対称、偏位し、鼻唇溝消失、口角下垂が生じる。

画像2. 機能障害時には、食べこぼし、流唾、チークバイト、口笛不能、口腔前庭食渣。

画像3. 口唇の閉鎖不全、破裂動作不全は両唇破裂音 /p/ の歪みをひきおこす。

4. 上位ニューロン障害のとき閉眼可能、下位障害のとき患側閉眼不能。

3.舌

画像1. 片側性舌下神経麻痺により、安静時に舌尖は健側偏位する。

画像2. 球麻痺(延髄病変)の場合は、皺が多く萎縮し繊維束性の攣縮をみる。

画像3. 上位ニューロン障害では挺舌指示で舌は健側偏位、下位障害では患側偏位と萎縮が著明となる。

4. 舌前方運動障害は / t / / r / の歪み、舌後方の運動障害は / k / の歪み、/ h / への置換をひきおこす。

5. 舌の機能障害は咀嚼、食塊形成、咽頭への送り込みに問題を生じさせる他、舌上や口蓋への食物残留、舌苔付着が著明となる。

4.軟口蓋

画像1. 軟口蓋は中枢での両側性支配を受けるため、上位運動ニューロン障害が片側に生じても運動麻痺は顕著でなく、安静時において、片側性の下位運動ニューロン障害の場合、口蓋垂・咽頭後壁がやや健側に偏位し、上位または下位運動ニューロン障害が両側性に生じたとき、低位軟口蓋を示す。

2. 開口[アー]音発声時、片側性の下位運動ニューロン障害の場合、口蓋垂・咽頭後壁が健側に偏位し(カーテン徴候)、上位または下位運動ニューロン障害が両側性に生じたとき、開鼻声となり軟口蓋は挙上不全を示す。

画像3. 機能障害時、両唇破裂音 / b / が鼻音化して / m / に置換する。また歯茎破裂音 / d / が / n / に置換する。 

画像 画像          また、嚥下時に食塊、水分の鼻腔への逆流を認める。

口腔ケア

1.口腔ケアの定義

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近年、“口腔ケア”という用語が頻繁に使われるようになりつつあります。しかし、その実際と効果を認知していただけるまでには至っていません。
狭義の意味でとらえると、歯口清掃だけでも口腔ケアといえるかもしれません。ブラッシングによって口内の細菌数を減らして肺炎を予防するとともに、ブラッシングという行為そのものが口腔諸器官への感覚刺激、機能訓練となるからです。でもそれだけでは本質的な問題の解決にならないことはご理解いただけるでしょう。要介護高齢者の口腔の状態は、摂食嚥下障害や加齢的変化、廃用症候群、薬物の影響などの条件が複雑に絡み合った結果としての姿であるからです。
このような健常者には見られない条件に対する同時進行的なアプローチが必要で、これが広義の口腔ケアであり、予防から歯口清掃、治療、医学的リハビリテーションまでも含む包括的なものといえるでしょう。

2.口腔ケアの実際

画像介護者やケアマネージャー、介護士さん達から口腔ケアの依頼を受けたとき、私達は現場に赴き依頼者から依頼内容を聞き取るとともにサービス内容について説明します。
(歯医者さんが歯以外のところをさわる、しかも歯科衛生士さんが単独でリハビリテーションを行うというようなことはこれまでになかったことですから・・・)また主治医から医療情報を提供していただけるようお願いします。
そののち口腔諸器官の臨床症状を読み取って、具体的ケアメニューを決定してケアにはいります。

口腔ケアメニュー

1.全身のリラクゼーション

1. 呼吸を整える
2. 胸の開閉
3. 首・肩のリラクゼーション
4. 体幹のリラクゼーション

2.口腔清掃

1. 歯と歯ぐきの清掃
2. 舌清掃
3. 頬・上あご・粘膜清掃

3.歯科治療(省略)

4.口腔諸器官の機能訓練

1. 運動障害
 ・顔面・頬
 ・口唇
 ・顎
 ・リハビリおあそびグッズ
2. 感覚障害
 ・アイスマッサージ
 ・温あん法
3. 認知障害
 ・口腔ケアによる覚醒
 ・声かけ
 ・ベーシング指導
4. 口腔乾燥
 ・唾液腺マッサージ(冷、温罨法)

5.摂食・嚥下を通じた機能訓練

6.その他代償的処置としての義歯を利用した口蓋形態修正

口腔ケアの成果と連携の重要性

さて、ここまで見ていただいて皆さんは口腔ケアをどのように理解していただいたでしょうか?
最初に申し上げた通り、「口から食べること」の支援は介護の現場から始まりました。
高齢者に何とか口から食べてもらいたいという介護現場の方々の熱意と取り組みから始まった現場です。
そこでは「口から食べること」の支援の輪の広がりと支援の量的な増大によって「口から食べられるようになっていただける」という大きな成功体験がもたらされます。
私はこの成功体験がさらなる「働く喜び」を私たちにフィードバックしてくれるものと信じています。
毎日お顔をさすって差し上げること、食事の前に嚥下体操をすること、声かけを頻繁に行うこと、その他、「口から食べること」の支援につながる行為はたくさんあります。
そして、それを日々実行するキーパースンのもとから支援の輪が広がり要介護高齢者のQOLが目に見えて向上していくのです。
縦系列の中に埋もれて、何もせずに終わるのか、キーパースンとなり要介護高齢者の喜びを自らの喜びとして受け入れ仕事を楽しむのか、あなたが決めて下さい。私は、口腔ケアという言葉にこだわることなく、専門職者として、そしてひとりの人間として現場にいたいと思っています。

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